ラブホテル
連日非常に暑い日が続いております。ということで、今回は夏の怪談企画第二弾です。このお話は、3年ほど前にタクシーに乗った時、その運転手さんにお聞きしたお話です。名前は伺っておりませんので、仮に山田さん、としておきます。
山田さんはタクシーの運転手になる以前、ラブホテルの管理人をしていた。ラブホテルと言っても、一般的なカップルが利用するものではなく、所謂「ホテルヘルス」という風俗店に貸し出すことを専門とするラブホテルであった。ホテルの近辺にある風俗店に来た客が、女の子と一緒に入り、規定の時間そこでサービスを楽しむ、という仕組みだ。
しかし、規定の時間になっても出てこない客も時々いる。理由は様々だが、そういう時はまず店から女の子の携帯に電話がいく。それでも出て来ない時は、店のボーイと一緒に山田さんが部屋をノックしに行かなくてはならない。当然好んでやりたい仕事ではない。
その日もまた、客が規定の時間になっても部屋から出て来ることはなかった。30分ほど経った頃、強面のボーイが現れ、山田さんに部屋の鍵を開けるように言った。どうやら何度電話をかけても女の子が出ないらしい。
もちろん、鍵を開けて、もし客と女の子がプレイの真っ最中だったとしても、それに対応するのはボーイの仕事であって山田さんの仕事ではない。しかし、その日は何故かとても嫌な予感がしたのだという。30分も連絡がつかないというのは、いくらなんでも何かがあったに違いない。
ただ、やはり仕事は仕事なのだ。山田さんはボーイと一緒に部屋の前に行き、何度か部屋をノックした。
反応はない。
ボーイは山田さんに鍵を開けるように促した。気は進まなかった。どのような想像をしても明るい未来には行き着かない。山田さんはしぶしぶ鍵を開けてドアを押し込んだ。
ドアは開かなかった。鍵は確かに開けてある。それにも関わらず、ドアはほとんど動かなかった。しかし、それは、ドアの故障というよりは、何かしら重いものがドアに圧し掛かっていていて、そのせいで開かないような感触であった。山田さんはボーイと二人で思いっきりドアを押し込んだ。すると、ズルズル何かを引きずるような音を立てながら、ゆっくりとドアは開いた。
ドアの内側には、客らしき男がドアノブにネクタイをかけ、それで首を括って死んでいた。山田さんらは思わず声を漏らした。部屋の中に入ると、女の子がベッドの上で全裸で死んでいた。首には、手の跡があって、死因は扼殺のようだった。どうも女の子はその時のショックで小便を漏らしたようで、ベッドには嫌な臭いがしみ込んでいた。
結局その客と女の子の関係はわからなかった。店の人間の話によると、特に常連客というわけではなかった、という。ただ、その女の子と客が個人的な知り合いだった可能性はある。合意の上の心中だったのかもしれない。それとも、自殺願望はあるが一人で死ぬのが嫌だった客の男が、誰かと一緒に死にたかったのかもしれない。当然、真相は山田さんの知るところではないし、不思議なことなど何も起こっていない。
ただ。
山田さんとボーイは、ドアの内側にもたれかかっていた男の首に、確かに見たのだという。明らかにネクタイの跡とは異なる、人とは思えないような長い指をした大きな手の跡を。当然、素人である山田さんには断言できないが、それは明らかに手で扼殺された後に、首にネクタイを巻きなおされたような様子であったという。
果たして客の男は本当に自殺だったのだろうか。そして女の子を殺したのは本当に客の男だったのだろうか。
ラブホテルというのは、人の情念が渦巻く場所である。そこには何かしらの怪異があったのではないか。
いや、怪異であればまだいい。
もしかすると、山田さんらが部屋に入ったあの時、客の男と女の子を殺した「人間」が、部屋のどこかに隠れていたのかもしれない。
山田さんはラブホテルの管理人を辞め、タクシーの運転手になったという。