百怪風景

妖怪・怪談の紹介と考察を行うブログです。

くねくね【壱】

「くねくね」

 主に田園に現れる、その名の通り体をくねらせるようにして動くという怪異。色は白く、人間の関節の構造上不可能な曲げ方をする。またこれを遠目に見る分には問題がないが、双眼鏡などの道具を介す場合も含めてそれを間近で見てしまい、それが何であるかを理解すると精神に異常をきたしてしまうという。

(朝里樹『日本現代怪異事典』)

 

 くねくねは、2chで語られた怪異のひとつです。八尺様やコトリバコ、ヤマノケなどと並んで非常に有名な怪異ですから、ネット発祥の怪談が好きという方の中で知らない人はほとんどいないでしょう。しかし、くねくねの初出は2chではなく、2000年3月5日に「怪談投稿」というウェブサイトに投稿された「分からないほうがいい・・」という話であるとされています。この「分からないほうがいい・・」という話が2001年7月7日に2chのオカルト板に転載されて以降、徐々に人口に膾炙していったようです。短い話ですから、まず「分からない方がいい・・」という怪談を引いてみましょう。

 

212 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:2001/07/07(土) 01:28

わたしの弟から聞いた本当の話です。

弟の友達のA君の実体験だそうです。

 

A君が子供の頃、A君のお兄さんとお母さんの田舎へ遊びに行きました。

外は晴れていて、田んぼが緑に生い茂っている頃でした。

 

せっかくの良い天気なのに、なぜか2人は外で遊ぶ気がしなくて、家の中で遊んでいました。

ふと、お兄さんが立ち上がり、窓のところへ行きました。

A君も続いて窓へ進みました。

お兄さんの視線の方向を追いかけてみると、人が見えました。

真っ白な服を着た人が1人立っています。(男なのか女なのか、その窓からの距離ではよく分からなかったそうです)

あんな所で何をしているのかなと思い、続けて見ると、

その白い服の人は、くねくねと動き始めました。

踊りかな?そう思ったのもつかの間、その白い人は不自然な方向に体を曲げるのです。

とても人間とは思えない間接の曲げ方をするそうです。くねくねくねくねと。

A君は気味が悪くなり、お兄さんに話しかけました。

「ねえ。あれ、何だろ?お兄ちゃん、見える?」

すると、お兄さんも「分からない」と答えたそうです。

ですが答えた直後、お兄さんはあの白い人が何なのか分かったようです。

「お兄ちゃん、分かったの?教えて?」とA君が、聞いたのですが、

お兄さんは「分かった。でも、分からない方がいい」と、答えてくれませんでした。

 

あれは一体なんだったのでしょうか?

今でもA君は分からないそうです。

「お兄さんにもう一度聞けばいいじゃない?」と、私は弟に言ってみました。

これだけでは私も何だか消化不良ですから。

すると弟がこう言ったのです。

「A君のお兄さん、今、知的障害になっちゃってるんだよ」

 

 非常にシンプルであり、そうであるがゆえに不気味な怪談です。この話の興味深い点は、まずくねくねと思われる怪異が、「真っ白な服を着た人」と明記されているところです。くねくねはその色が黒であったり、白であったり話によって異なるのですが、「白い何か」とか「黒い何か」と形容されることが多いのです。しかし、オリジナルとなる話では、明確に「白い服を着た人である」(少なくとも体験者にはそう見えた)と書かれているのです。

 

 また、くねくねの特性として、冒頭の引用にも書かれている通り、それが何なのかを理解した瞬間に精神に観察者は異常をきたす、というものがありますが、この「分からないほうがいい・・」の話の中では、その因果関係が曖昧です。たしかに観察者であるAの兄は知的障害を患っている、というところで話が終わるのですが、その原因が怪異を見たせいであるとは明言されていないのです。(しかし、聞き手は、その明記されていない情報を想像力によって埋めてしまいます。このように、敢えて書かないことで聞き手の想像力を刺激し、恐怖を喚起させるのは良い怪談の重要なファクターです。やはりこの「分からないほうがいい・・」という怪談には卓越したものが感じられます。)

 

 つまり、オリジナルである「分からないほうがいい・・」という怪談に登場する怪異の特徴は・・・

①よく晴れた田舎に現れる(おそらく夏休みでしょう)。

②真っ白な服を着た人間のような姿である(少なくとも遠目からはそう見える)。

③不自然な方向に身体をくねくねと曲げて踊る。

④その正体については分からない方がいい。

⑤因果関係は不明だが、正体を理解した観察者は現在知的障害を抱えている。

 

 以上の五点ということになるでしょうか。このようにまとめていて、気づいたのですが、実はこの話において、くねくねがどこに現れたのかは一切明記されていません。冒頭の引用文にも記載しているように、一般的にくねくねは田園に現れるとされています。しかし、この怪談の中には、たしかに「田んぼに緑が生い茂っている頃」ということで、「田んぼ」というワードは出てくるのですが、肝心のくねくねが田んぼに現れたとは一言も書いていないのです。くねくねがいる場所はあくまで「窓の外」であり、「あんな所」でしかありません。それがどこであるのかはわからないのです。

 

 さて、ここまで、最初のくねくね譚である「分からないほうがいい・・」の内容を確認してきました。次は最もよく知られている「くねくね」という話を引いてみましょう。

 

これは小さい頃、秋田にある祖母の実家に帰省した時の事である。

年に一度のお盆にしか訪れる事のない祖母の家に着いた僕は、早速大はしゃぎで兄と外に遊びに行った。

都会とは違い空気が断然うまい。僕は爽やかな風を浴びながら、兄と田んぼの周りを駆け回った。

 

そして日が登りきり真昼に差し掛かった頃、

ピタリと風が止んだ。と思ったら、気持ち悪いぐらいの生緩い風が吹いてきた。

僕は「ただでさえ暑いのに、何でこんな暖かい風が吹いてくるんだよ!」と、

さっきの爽快感を奪われた事で、少し機嫌悪そうに言い放った。

すると兄は、さっきから別な方向を見ている。その方向には案山子(かかし)がある。

「あの案山子がどうしたの?」と兄に聞くと、

兄は「いや、その向こうだ」と言って、ますます目を凝らして見ている。

僕も気になり、田んぼのずっと向こうをジーッと見た。

すると、確かに見える。何だ…あれは。

 

遠くからだからよく分からないが、人ぐらいの大きさの白い物体が、くねくねと動いている。

しかも、周りには田んぼがあるだけ。近くに人がいるわけでもない。

僕は一瞬奇妙に感じたが、ひとまずこう解釈した。

「あれ、新種の案山子じゃない?

 きっと!今まで動く案山子なんか無かったから、農家の人か誰かが考えたんだ!

 多分さっきから吹いてる風で動いてるんだよ!」

兄は僕のズバリ的確な解釈に納得した表情だったが、その表情は一瞬で消えた。

風がピタリと止んだのだ。しかし、例の白い物体は相変わらずくねくねと動いている。

兄は「おい…まだ動いてるぞ…あれは一体何なんだ?」と驚いた口調で言い、

気になってしょうがなかったのか、兄は家に戻り、双眼鏡を持って再び現場にきた。

兄は少々ワクワクした様子で「最初俺が見てみるから、お前は少し待ってろよー!」と言い、

はりきって双眼鏡を覗いた。

 

すると急に兄の顔に変化が生じた。

みるみる真っ青になっていき、冷や汗をだくだく流して、ついには持ってる双眼鏡を落とした。

僕は兄の変貌ぶりを恐れながらも、兄に聞いてみた。

「何だったの?」

兄はゆっくり答えた。

『わカらナいホうガいイ……』

すでに兄の声では無かった。兄はそのままヒタヒタと家に戻っていった。

僕はすぐさま兄を真っ青にしたあの白い物体を見てやろうと、落ちてる双眼鏡を取ろうとしたが、

兄の言葉を聞いたせいか、見る勇気が無い。

しかし気になる。

遠くから見たら、ただ白い物体が奇妙にくねくねと動いているだけだ。

少し奇妙だが、それ以上の恐怖感は起こらない。しかし兄は…。

よし、見るしかない。どんな物が兄に恐怖を与えたのか、自分の目で確かめてやる!

僕は落ちてる双眼鏡を取って覗こうとした。

その時、祖父がすごいあせった様子でこっちに走ってきた。

僕が「どうしたの?」と尋ねる前に、

すごい勢いで祖父が「あの白い物体を見てはならん!見たのか!お前、その双眼鏡で見たのか!」と迫ってきた。

僕は「いや…まだ…」と少しキョドった感じで答えたら、

祖父は「よかった…」と言い、安心した様子でその場に泣き崩れた。

僕はわけの分からないまま家に戻された。

 

帰ると、みんな泣いている。僕の事で?いや、違う。

よく見ると、兄だけ狂ったように笑いながら、まるであの白い物体のようにくねくね、くねくねと乱舞している。

僕はその兄の姿に、あの白い物体よりもすごい恐怖感を覚えた。

 

そして家に帰る日、祖母がこう言った。

「兄はここに置いといた方が暮らしやすいだろう。

 あっちだと狭いし、世間の事を考えたら、数日も持たん…

 うちに置いといて、何年か経ってから、田んぼに放してやるのが一番だ…」

僕はその言葉を聞き、大声で泣き叫んだ。

以前の兄の姿はもう無い。

また来年、実家に行った時に会ったとしても、それはもう兄ではない。

何でこんな事に…ついこの前まで仲良く遊んでたのに、何で…。

僕は必死に涙を拭い、車に乗って実家を離れた。

 

祖父たちが手を振ってる中で、変わり果てた兄が一瞬僕に手を振ったように見えた。

僕は遠ざかってゆく中、兄の表情を見ようと双眼鏡で覗いたら、兄は確かに泣いていた。

表情は笑っていたが、今まで兄が一度も見せなかったような、最初で最後の悲しい笑顔だった。

そして角を曲がったときにはもう兄の姿は見えなくなったが、僕は涙を流しながらずっと双眼鏡を覗き続けた。

「いつか…元に戻るよね…」

そう思って、兄の元の姿を懐かしみながら、緑が一面に広がる田んぼを見晴らしていた。

兄との思い出を回想しながら、ただ双眼鏡を覗いていた。

…その時だった。

見てはいけないと分かっている物を間近で見てしまったのだ。

 

 この話は2003年3月29日に2chのオカルト板「死ぬ程洒落にならない怖い話を集めてみない?31」スレッドに投稿されました。この話で初めて「くねくね」という名称が一般化し、爆発的にこの怪異が日本中に広まっていったのです。しかし、この話の前置きとして、この投稿をした人物が次のように明言しています。引いてみましょう。

 

756 :あなたのうしろに名無しさんが・・・:03/03/29 18:56

別サイトに掲載されてて、このスレの投票所でも結構人気のある、

『分からないほうがいい』って話あるじゃないですか。

その話、自分が子供の頃体験した事と恐ろしく似てたんです。

それで、体験した事自体は全然怖くないのですが、

その『分からないほうがいい』と重ね合わせると凄い怖かったので、

その体験話を元に『分からないほうがいい』と混ぜて詳しく書いてみたんですが、載せてもいいでしょうか?

 

 つまり、この「くねくね」の話は、先ほどの「分からないほうがいい・・」と投稿者の体験談を混ぜて作った創作怪談である、ということです。どこまでが投稿者の体験談であるのかは判断することが難しいのですが、投稿者自身は「体験したこと自体は全然怖くない」と書いているところからも、兄が狂ってしまう描写などは間違いなく創作でしょう(そこが実話だとしたら「全然怖くない」はずがありません)。あくまで推測でしかありませんが、この話の中で事実である可能性がある部分があるとすれば、それは、「田んぼでくねくねと動く白い物体を見た」という辺りでしょう。しかし朝里樹先生の『日本現代怪異事典』によると、実はその部分すらも投稿者によって否定されており、実際はくねくねしたものなどは見てはいない、ということです。それならば事実である部分が「夏休みに秋田に帰省した」くらいしか残らない気がしますが、それは置いておきましょう。

 

 この「くねくね」は「分からないほうがいい・・」とは異なる点が多くあります。

 

①場所が秋田であると明言されている。

②くねくねが現れる前に生暖かい風が吹く。

③くねくねが「人ぐらいの大きさの白い物体」として描かれ、田園に現れる。

④くねくねの存在を祖父母らは田舎の古い人間はよく知っている。

⑤くねくねと知的障害の因果関係が明確である。

⑥くねくねを見た者が次のくねくねになる未来が示唆されている。

 

 この辺りでしょうか。特に④は2ch怪談のお約束といった感じで微笑ましさすら感じます。しかし、投稿者の前振りからもわかるように④⑤⑥はほぼ確実に創作ですし、また③も創作であることが明言されていますから、自動的に②も創作ということになります。よってこれらに考察を加えていく余地はないでしょう。やはり事実らしき部分が、秋田に帰省したという部分しか残りません

 

 ただ、現在伝わっているくねくねの特徴は、ほとんどこの話がベースとなっているのが事実です。そしてこれ以降、大量の類似の怪異が掲示板に投稿されていきました。しかし、筆者としては、創作であることが明言されている話には興味がありません。「2chの怪談なんて全部創作に決まってんだろ」という常軌を逸したマジレスが聞こえてきそうですし、筆者もそう思うのですが、個人的には怪談の資料の研究を行う上で、「創作であると明言されているかどうか」が大切だと思っています。

 

 よって、次回は、「分からないほうがいい・・」に書かれたくねくねに焦点を絞りながら、くねくねの正体について考察していきたいと思います。